ATOS(腱板修復術)への挑戦
開発の過程は苦労の連続でした。
当初、私は患部を開いた通常の手術を施行していました。
しかし、やがて内視鏡を用いた腱板修復手術が登場しました。この方法はアンカーというネジを打ち込み、そこから出ている糸で腱板を修復しますが、通常の手術を行ってきた立場から見ると納得し難い術式でした。そこで、『通常の手術』と同等の精度で関節鏡手術を実現することを目標としました。
研究は2005年にスタートしましたが、私は関節鏡手術の技術には詳しくなかったため、アイデアを提供する役割を担当しました。


一方で共同研究者の石毛先生は関節鏡の手技に長けていたため、力を合わせて新しい方法を模索しました。
私は独自のアイデアとして、細いワイヤー(Kワイヤー)を使い、上腕骨と腱板および皮膚を貫いて、Kワイヤー先端の小孔を利用して、縫合糸をリレーする方法を提案しました。次の課題は「結び方」でした。この術式では通常使われるスライディングノットという結び方はできません。この問題を解決するために、別の糸で縫合糸を結紮する単純な方法を考案しました。
この柔軟な発想は、関節鏡をやってこなかったからこそ生まれたもので、既存の技術にとらわれない自由な視点が役立ちました。
世界が注目した手術法『ATOS』
2005年に取り組みを始めた頃は、手術に10時間ほど掛かっていました。
外来が終わって手術を始めるのが13時半で、そうすると終わるのがいつも23時半で帰りは毎日夜中でした。手術を重ねていく中で改良に改良を重ね現在は2~3時間で行えるようになりました。

日本肩関節学会以外では、2010年に石毛先生が香港でダイジェストを発表しました。本格的な発表は2013年、アジア肩学会(フィリピン)で私が行いました。この発表は大きな反響を呼び、特にインドの医師たちから強い関心を寄せられました。
アンカーは1つ3~4万円し、1回の手術に3~4個使用するため、材料費だけで12~13万円します。ATOSだと糸しか材料費が掛からないため1,000円ぐらいで済みます。インドでは経済的な理由で高価なアンカーを1個しか使えず再断裂が多発していました。糸だけで済むATOSの低コストと世界最高峰の術後成績が非常に注目されました。
同年、アメリカのトップクラスの整形外科ジャーナルに投稿した論文が採用され、掲載された際には大きな反響がありました。また、2週間ごとに評価が更新されるシステムにおいて、2年間にわたり私の論文が1位を保持し続けるほど注目度が高いものでした。 その後、インドからの招待を受け、石毛先生とともに手術の供覧を行い、肩の専門医400人を対象に教育講演を実施しました。日本では講演しても肩の専門医は50人ぐらいしか集まらないことを考えると、非常に大きな規模で驚きました。講演が終わっても質問者が殺到したため30分以上、外には出られませんでした。
その後、2名のインドの医師が当院に訪れ3カ月間手術の見学を行いました。ATOSは安価で再断裂率が世界最低レベルの優れた手術です。日本で行っている腱板断裂を全てATOSに変えると、計算では日本の医療費が約20億円低減します。 インドでの講演の後、ヨーロッパ医学会からも招待され、ベルリンの学会ではオンライン講演を行いました。さらに、東南アジアからの需要も高まっており、近い将来フィリピンからも医師が留学する予定です。